和風食堂衛宮亭



   一皿目 「おにぎりとかおむすびとか言うけど、つまり握り飯」

「第一回、おむすび王は誰だ選手権ー。パフパフー、ヒューフー!」
 テーブルの上に炊飯器が二つ並び、その他にビニール袋やら多種多様なものが置かれていた。それを囲むようににしてセイバー、遠坂、藤ねえ、桜がテーブルに付き、まだ湯気の昇る湯飲みに手にしている。
「なに、士郎。ついに毒された?」
 何にとは言わず遠坂が哀れむような、馬鹿にするような瞳を向けてきた。それはとても間違っているから否定したい。したいのだが、それだといつまでたってもぐったりと暴走しそうなので、流す程度に言い訳しておく。
「脱線した、話を戻そう。今回みんなに集まってもらったのは他でもない。みんなでおにぎりを作って食べようと思ってる。そしてその中で、一番美味しかったおむすびを決めようってことなんだが」
 一つ咳払いをして小首をかしげているセイバーを見やる。藤ねえは自信があるのか、不敵に笑いながら全員を見渡していた。
「まあ要約すれば、自分の大好きなおむすびを披露しようってことだ」
「シロウ。それはいいのですが、私は料理をしたことがない」
 少し不安げに、眉を下げて言う。
「大丈夫だ。おむすびは奥深いけど、初心者にもできる料理だからな」
 俺が言うと、遠坂は疑問を上げた。
「おむすびって、料理って言うほどのものかしら?」
「なに言ってるんだ。おむすびは簡単で難しい料理だぞ? 塩むすびなんかは特に、誤魔化しがきかないからな。一番基本的な――そう、中華で言えば炒飯みたいなもんだ」
 自分で解釈して上手い具合に飲み込んだらしく、納得したように頷いた。
「なにより、調理器具も使わずに手で作るんだ。相手のことを思えば手抜きなんかできないからな」
 セイバーは頷きながら、架空の米を握るように手をもぞもぞと動かしていた。
「……そうですね。一番最初に先輩から教えていただいた料理ですから、わたしもがんばらないと」
 まるでハイオク満タンでも入れたかのように、桜は力を入れて張り切っている。
「ぬふふふふ、わたしに必勝の策があるとも知らず」
 持参してきたビニール袋を抱えながら、何処からか湧き出る自身で藤ねえは口端を吊り上げた。
 壁に掛けられた時計を見ると、そろそろご飯の蒸らしも終わるころだった。時刻は十二時二十分。もうそろそろおなかが空いてきただろう。
「それじゃ、各自おむすび製作開始。完成までバラしたくないって人はここにおひつがあるから、どこかで作ってくれ」
 必勝のネタを持ってきたらしい藤ねえは、いち早くおひつにご飯を放り込んで居間を脱出し、不敵とも不気味ともとれる笑い声を残しながらどこかへと消えた。遠坂も同じくあと出しを取るらしく、持参の具材と共に藤ねえが走った方向とは真逆へ歩いていく。桜も今回はあと出しが有利だと判断したのか、おひつを持って二人とは別の場所へと去っていった。
「セイバーは俺と作ろうか」
「はい。まだ不慣れですから、ご指導のほど頼みます」
 今回、おむすびを作るにあたって具材は一通り揃えていたから、大体のリクエストには応えられるはずだ。遠坂たちが来る前に塩鮭を焼いて解しておいたし、昆布、梅干、大きく外れてシーチキンも用意してある。炊き込みご飯でやるとか、天むすが良いとかじゃなきゃ、なんとかなるはずだ。
「それじゃあまず、どんなのが作りたい。おむすびは何度か食べたことがあったろう?」
 以前、春の陽気な日にピクニックへ行ったり夏の暑い日に山登りへ行ったとき、お弁当でおむすびを持っていったから、大体のことは判るはずだ。セイバーは首をかしげて数十秒ほど考えてから、自分の中で決まった答えを出してきた。
「私は大きなおむすびを作りたいです。色々な具材のつまったおむすびを」
 彼女の瞳が輝いていた。星の煌きの如き光を宿し、子供が期待するようなあの独特の視線が俺を貫く。ああ、その答えはとてもセイバーらしい。少し喉の奥で笑いを堪えきれず零れたのを、射竦めるように睨まれた。
「いや、ダメじゃない。とってもいいんじゃないか。俺もそれを見てみたい」
 まさか用意していた具材のほとんどを使うおむすびとは、予想もしなかった。けれどそれは夢のある答えだ。食べること自体が楽しくなるだなんて、本当に素晴らしい。
「はい。それでは作りましょう。私に出来る限り、最高のものを」
 彼女が戸惑う場所でいくつか指導したものの、セイバーはほとんどの工程を自分で考えてこなし、大きな丸い具沢山おむすびを作り上げた。
 大き過ぎて俺の分のご飯が心許なくなってしまったが、そんなのは些細なこと。セイバーがおむすびを作れたって方がよっぽど重要だった。
「ややいびつですけれど、上出来です」達成感に満ちた顔でセイバーが言う。「自画自賛になりますが、このおむすびはとても美味しそうだ」
 さて、俺もそろそろ作り上げるとするか。

 数分後、全員が居間に集まり、自らのおむすびを持ち寄っていた。遠坂は桜と俺を睨みつけ、桜は遠坂と俺と交互に目をやっている。セイバーと藤ねえは人とよりも隠されたおむすびに興味があるようだった。俺は特に誰を意識することもなく、事態を進行させる。
 以外にみんなノっているようで、裏の企みであるお米が安かったから昼食代を安く仕上げようという作戦も大成功だ。やっぱりエンゲル係数は下げなくちゃな。
「第一回、おむすびキング選手権試食のお時間です」
 遠坂はまだ隠しておきたいように見えるし、桜も様子見といった感じだ。藤ねえはいつでも自信満々という感じだが、ここは堪えきれそうにないセイバーのから食べてみることにしよう。
 そう促すと彼女は自らの皿をテーブルの真ん中へ出し、誇らしげに紹介する。
「私の作ったおむすび――題して、『よくばりおむすび』です」
 食の細い人なら、見ただけでおなかが苦しくなるぐらいの大きなものだ。いびつな砲丸にも見える。それが各人に一つずつ配られ、全員が両手を合わせてお百姓さんに感謝を捧げてから食べ始める。
「ん。表面、海苔の香りと塩がきいてますね。あ、中身昆布ですか?」
「ほんと、塩がちょっと強いぐらいなんだけど……あれ、こっちの中身はおかかね」
「うむうむ。おいしーおいしー。あ、シャケ。あったりー!」
「俺は梅干しに当たったな」
「私もまずは昆布ですか。塩のしょっぱさと昆布の甘味がなんとも……」
 セイバーの作った『よくばりおむすび』の正体は、バラバラに具が埋め込まれた大きなおむすびである。タネが判ってしまえば単純な話だが、最後まで飽きずに食べられるよくできた楽しいおむすびなのだった。
「それでは採点どうぞー」
 都合よくフリップやら点数付きの棒やらは用意していないので、手元の紙にペンで書き込んでもらうアナログ仕様だ。各十点満点で点数は個人のマナーによってつけられる。
「楽しいっていうのはいいんだけど、やっぱり量が多すぎるかな」
「いいと思うんですけど、やっぱりちょっと大きいです」
「美味しかったけど、ありきたりかなー」
「よく出来てたと思うけど、やっぱりこのぐらいかな」
 やや辛口なコメントながら結果にして合計二十五点だった。平均よりやや高め。初挑戦にしてはいい点数だ。内訳は遠坂と藤ねえが六点、俺と桜が七点である。
 次は桜が発表すると名乗りをあげた。お披露目されたおむすびは、海苔をしっとりとさせたタイプのオーソドックスな三角の形をしていた。キレイな形をしていたから、礼儀として登頂から齧りつくことにした。大きく一口を納め、中に入っているのが紫蘇に丸められた梅おかかなのが判る。うん。塩とご飯、具との味のバランスはばっちりで、海苔の風味も生かしている。
 さっぱりとした感じがセイバーのあとに丁度いい。桜に初めて教えた料理であるためか、なかなか感慨深いものがあると同時に負けてられないなという闘争心が湧き上がってきた。
 俺とセイバーが九点を挙げ、遠坂が八点、藤ねえは辛口の七点だ。結果は三十三点で、好評価ながらもトップを狙うとなるとなかなか厳しい数字になっている。
 藤ねえ曰く「美味しいんだけど、おにぎりにはもっと辛い梅干しじゃないと」らしい。普段はなんでも美味しいと平らげるくせに、今回は本気で勝利を狙ってきているようだ。優勝商品などがあるわけでもないのだが……。
 今度は遠坂が自信有り気におむすびを披露した。まだ海苔を巻いていないということは、あとから自分で巻いてパリパリとした感触を楽しむタイプか。それでは、いただきます。
「むむ、この子気味良い歯ざわり――!」
「この口に広がる甘辛い味は!?」
「尚且つこのすっきりとした後味」
「うーまーいーぞー!」
 特別なしょう油――推測するに、焼肉用に作ったしょう油ベースのタレに唐辛子を漬けたか!――で細切りの豚バラ肉とたけのこを細切りにしたもの。ふむふむ、すっきりとした感覚は……紅しょうがを混ぜたか! 美味さのためにあえて邪道を突き進むとは、遠坂め!
 全員が九点という恐るべき結果を出した遠坂は、余裕の貫禄か玄米茶を揚々と啜っている。
 おのれ。このままではすまさん――と意気込みたいのだけども、生憎とこっちはそんなに勝負できるものでもない。
 せめて自信満々の藤ねえに花でも咲かせるべく、礎となって消えよう。
「それじゃあ俺の番と行こうか」
 俺のはおかかおむすびだ。おかかを中に詰め込むのではなくご飯としょう油で混ぜ込んだもの。これによって全体でおかかとしょう油の合わさった風味を楽しめるのだ。海苔はパリパリと、しっとりしたおむすびとの相性を考えて。さあ、それなりに自信がなくもない一品をどうぞー!
 面白くもなんともなく、八掛ける四の三十二点という点数でした。うん、平凡にも程があるね。
「ふふふ。それじゃあわたしの番かなー?」
 口端に付いた米粒を舌で舐めとり、まるで獲物を間近にした野獣のように瞳を輝かせた。
 凄いぞ藤ねえ。こんなにも頼もしそうに見えるなんて久しぶりじゃないか!
「これぞ秘蔵の一品! 題して――」
 熱々のご飯でバターとしょう油を包み、垂れないように中を海苔で包んだもの。感想は「お菓子みたい」とおにぎりっぽくはなく、全員七点という俺にも負けない平凡っぷりでした。



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